
応援メッセージ > 佐々木 宏子 【鳴門教育大学 名誉教授】
『二つの旅の終わりに』(チェインバーズ作/原田勝訳/徳間書店)を、深い感動をもって読み終えた。17歳の少年が主人公であり、アムステルダムの歴史を舞台に展開されるこのヤングアダルト文学を、なぜブックスタートの対象である赤ちゃんと結びつけるのか奇異に思われるかも知れない。
私も、ある特別の意図をもって結びつけたわけではない。このヤングアダルト文学の残したものを心や頭で反芻している間に、なんだか勝手に結びついてしまったのである。イギリス人の少年をアムステルダムに招いたのは、戦争中に彼の祖父の恋人であった老婦人であり、末期ガンに冒された彼女は「尊厳死」を決意し、「その日」は数日後に迫っている。その「決定」を理屈の上では支持したものの、もがき苦しむ家族の姿がある。
死・自由と幸福・戦争と時代・同性愛・異質な文化のもつ衝撃など、主人公の心を通してともに眺める世界は、人間に17歳というみずみずしくも不安定で壊れやすい時代が存在することに深い感謝の念を抱かせる。
ブックスタートは、形としては「赤ちゃんに絵本を手渡す」運動であるが、その背景には17歳よりももっと存在感が薄れつつある赤ちゃんへと関心を集める運動でもある。
少子化が進行する中で、日々赤ちゃんの姿は街から消え、消えた者は忘れ去られ、人間に赤ちゃんという時代が存在し、それがどんなものであったかも分からなくなってしまう。
赤ちゃんを連れ去った現代の「ハーメルンの笛吹き男」は、どんな姿形をしているのだろうか?破られた約束はどのようなものであったのだろう。
子守唄を歌ったり、リズミカルな手遊び・指遊びをすると、赤ちゃんは全身に笑いとうれしさをにじませて向き合うおとなに「赤ちゃん」の存在を教えてくれる。一冊の絵本をともに眺めると、赤ちゃんは見えたこと・聞こえたことを表情や身体の動きを通して伝えてくれる。 「わたしが赤ちゃんだよ」と。